カウントダウンの日々 
終わりの日々への追想
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一人だけの弔辞④

 児童文学から始まり、図書館をみんなのものにするための活動も精力的にやった。日中は仕事をしているはずだし、夕方から夜は飲んでいるはずだ。何時やるのだろうと思った。膨大な資料を抱えての作業、日常の姿から計り知れないエネルギーがあったのだろう。ワープロからパソコンを手にするのも早かった。
漫画や紙芝居の分類整理にも頭の中に整理棚のあるがごとく、早かった。何より集中力があったのだろう。
 そんな《けんちゃん》を心配するオバサン集団と恋する乙女が現われた。心配するお母さんを尻目に、好き勝手の道を行く先輩はゴーイングマイウエイ。粘り強い周辺の活動と一途な気持ちが届き、ついに《けんちゃん》はおちた。
 電話が来た。黒田一之先生からだ。「平形君が結婚することに決まってねぇ~、君も手伝ってね」
それからオバサン集団と周辺人たちの活動が始る。自分の家族の時ですらこんなに力を入れなかったと思われるほどに、毎夜のごとく集まり計画を練り議論沸騰。
 場所は地元鹿島台の【学童農園】に決定。結婚式の司会などをかなりの数を経験している小生にとっても初めての経験。酒の飲めない施設を町から借り特別の配慮を重ねての準備。それはそれは大忙しだった。
本人は勿論、多くの課題を突きつけられての奮闘、仕事も山積み。挨拶状をパソコンで叩いていたら≪しんろう≫と叩き変換したら≪新郎≫ならず、≪心労≫と出たとか。
 二泊三日の結婚式は初めてだった。何人かは新婚初夜も同室で休んだとか。
学童農園の草原に大きなスピーカーをしつらえ、思い切りヴォリウムを上げても地球はびくともしなかったし、一生懸命に作った新郎新婦のくぐるゲートも大自然化ではホンの小さな垂れ幕。
食堂ではオバサン集団が全力を挙げてのご馳走つくり。
皆の思いがぶつかり合い、高めあっての結婚式だった。天も降りかけた雨を抑えてそれはそれは楽しい結婚式への参加だった。
 本人はテレながら、始めてみた磨き上げた革靴を履いていたってけ。

●昨夜、【みやぎ民話絵本の会】の設立のきっかけを作られた野崎渡さんからお電話があった。2年ぶりだ。
 「黒田さん【黒田一之先生】が、逝っちゃった。」
 →定年前の図書館記念日に退職、【フリーライブリアン】と名乗っておられた。
 平形さんの図書館のお師匠さんだ。さらに平形さんが亡くなった事を告げると驚かれていた。扇元さんも逝かれたし、 益々社会人として育ててくださった方がいなくなる。
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コメント
この記事へのコメント
 くるべきときが来たとはいえ、ショックです。
2010/09/08(水) 20:08:42 | URL | いや~ #-[ 編集]
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